10月15日、「DENSO A.I. Tech Seminar」の基調講演で、カーネギーメロン大学ワイタカー記念全学教授であり、先ごろデンソーの技術顧問になった金出武雄氏が、研究開発に対する自身の考え方、研究中の新しい技術について講演を行った。

Moment of Fameは
誰にでもある

金出教授は、1980年代からコンピュータによる画像処理に関する研究を続けている。画像処理に欠かせないカメラやセンサー技術、画像認識の基礎研究に通じ、VR、AI、自動運転、ロボット、UAVといった応用研究でも多数の実績を持っている。
講演の冒頭で、まず強調したのは「面白くて役に立つ研究」を目指せというメッセージ。よく偉人の伝記では、研究者の苦労が語られることが多い。しかし、「現実はそういう側面ばかりではないはずだ」と教授は言う。確かに誰もやったことのない研究には苦労がつきものだが、研究者はそれが面白いものでなければ続けない。少なくとも寝食を忘れて没頭するための動機やモチベーションは必要だ。それは研究が、広く大きく発展し、それが生み出すものを考え、世の中にどう使われ役立っていくかというストリーの行く末を考えることではないか。

また、金出教授は研究はときに「Moment of Fame(著名になる瞬間)」を生むという。教授の場合、最大のそれは、2001年フロリダ州タンパで開催されたスーパーボウルで初めて導入された「EyeVision」だったという。

EyeVisionは映画「マトリックス」で撮られた撮影技法を巨大なスタジアムで実際のプレー映像に適用するものだ。多数のカメラをスタジアムに取り付け、ピント、パン、チルト、ズームを高精度にリモート制御して、プレー中の選手を撮影する。中継中のシーンについて360度どの方角から見た映像でも再現できる。金出教授はこのシステムを手掛け、開発者として金出教授のインタビューが全米に放送された。当時スーパーボウルのCM放送料は30秒200万ドル以上とされ、番組で放送されるということはちょっとした面白さをもたらす。

そんな瞬間は誰にでも可能性があるのだ。

素人のように発想し、
玄人として実行する

面白くて役に立つ研究。それは同時に人や社会に評価される良い研究でなければならない。では、良い研究とはなんだろうか。金出教授は、同じカーネギーメロン大学(CMU)のアラン・ニューウェル教授の言葉を引用し、次のように説明した。

・良い科学は現実の現象と問題に応える
・良い科学はちょっとしたところにある(細部に宿る)
・良い科学は差を生む

基礎研究にしろ応用研究にしろ、良い科学というのは、現実的でなければならない。現実の現象を解明したり、現実の問題を解決したりする。良い科学のはちょっとしたこと、細部にその真髄があることが多く、ものすごく難しい問題の解や定理だけが良い科学というわけではない。そして、良い研究は取り組んだ研究が実を結び、それは何らかの「差」、ポジティブな差を生まなければならない。その後の科学、社会、産業に何らかの違いを生むのだ。

研究を成功させるアドバイスとして金出教授は「成功するアイデアは単純で素直なものが多い。その素直な発想を邪魔するのは実は、自分は知っていると思う専門的な知識だ。」といい、アイデアや発想には専門家としての「こうするものだ」という固定観念を捨てることが必要だという。素人考えを頭ごなしに否定してはならない。

しかし、「実験やシステムの開発には専門的な知識とスキルを動員する必要がある。」という。アイデアを検証する実験、実際のシステムや機器として実現できるのは素人ではなく専門家であり玄人でなければならないからだ。

例えば、金出教授は、51台ものカメラを使い、リアルタイムでその環境全体の3Dモデリングできるシステムを考案したが、その最初の論文は、査読者によって「高価なカメラを何台も使うシステムは現実的ではない」と却下されたそうだ。しかし、産業ロボット、監視カメラ、VR、ADAS、映画など、現在さまざまな分野でマルチカメラシステムは当たり前となっている。
夜間の雨ではヘッドライトが雨に反射して見えづらいという問題を解消するため、プロジェクターを使ったスマートヘッドライトシステムも開発した。原理は、カメラで雨粒を認識しながら、雨粒以外のところ照らすようにプロジェクターを制御するというものだ。この技術は対向車や先行車のハイビームによる運転者の目くらみを回避する技術にも使えるそうだ。

基礎研究こそ
役に立つシナリオが重要

現実のちょっとした問題を解決し役に立つ研究が大事だというと、それは応用研究で、何の役に立つかが必ずしもよくわからないと称する基礎研究は価値がないという意味に捉える人がいるかもしれない。しかし、金出教授は、「なにも現実的でお金になるもの、すぐに役に立つ研究が良いといっているわけではない」という。重要なのは「シナリオ」だ。

基礎研究は役に立つかどうかわからないというが、それは今は予想ができないだけであって、研究によってわかること、改善されること、社会にもたらす変化、といったシナリオは描けるはずだ。研究者は、取り組む研究の目的、意義をそれぞれ持っているのではないだろうか。その明確な問題意識こそが役に立つシナリオなのである。

シナリオをどう描けるか。どんな将来が見えているのか。先ほどのニューエル教授の言葉を借りれば「良い科学の生み出すこれまでの世界との違い」である。このことは、応用研究だけでなく基礎研究にこそ重要なポイントであると金出教授はいう。役立つシナリオがあれば、それを面白いと思う賛同者、協力者が現れる。これは研究のビジョン・問題意識と言い換えてもいいかもしれない。研究開発者のマインドで最も重要な点だ。

金出教授は、これらの点を彼自身の研究から、マルチカメラやスマートヘッドライトのほかにも、いくつかの例を使って楽しく議論した。

金出武雄
Takeo Kanade

カーネギーメロン大学ワイタカー記念全学教授・株式会社デ ンソー技術顧問
1973 年京都大学大学院博士課程修了、同年京都大学情報工学 科助手、1976 年同助教授、1980 年米国ペンシルバニア州ピッ ツバーグカーネギーメロン大学へ移る。1982 年テニュア付準 教授、1985 年正教授、1993 年 U. A. and Helen Whitaker 記念教授職現在にいたる、1992 年~ 2001 年ロボット研究所 所長。2001 年には、産業技術総合研究所でデジタルヒューマ ンラボを興し、2009 年まで所長を兼務。コンピュータビジョ ン、ロボット、自律走行車、マルチメディア等の研究に従事。 米国工学アカデミー外国特別会員。京都賞、フランクリン協 会バウアー 賞、C&C 賞、大川賞、立石賞特別賞、ACM Allen Newell 賞、IEEE Robotics and Automation パ イ オ ニア賞、国際計算機視覚会議ロー ゼンフェルド生涯業績賞、 人工知能学会業績賞など。

金出武雄
Takeo Kanade

カーネギーメロン大学ワイタカー記念全学教授・株式会社デ ンソー技術顧問
1973 年京都大学大学院博士課程修了、同年京都大学情報工学 科助手、1976 年同助教授、1980 年米国ペンシルバニア州ピッ ツバーグカーネギーメロン大学へ移る。1982 年テニュア付準 教授、1985 年正教授、1993 年 U. A. and Helen Whitaker 記念教授職現在にいたる、1992 年~ 2001 年ロボット研究所 所長。2001 年には、産業技術総合研究所でデジタルヒューマ ンラボを興し、2009 年まで所長を兼務。コンピュータビジョ ン、ロボット、自律走行車、マルチメディア等の研究に従事。 米国工学アカデミー外国特別会員。京都賞、フランクリン協 会バウアー 賞、C&C 賞、大川賞、立石賞特別賞、ACM Allen Newell 賞、IEEE Robotics and Automation パ イ オ ニア賞、国際計算機視覚会議ロー ゼンフェルド生涯業績賞、 人工知能学会業績賞など。